東日本大震災への対応 その1  被災 〜 H.23

霧立山の麓から幸せの風を吹き起こそう!!!

東日本大震災においては,多大なるご支援・ご協力・お励ましをいただいておりますことに大変感謝申し上げます。あの3月11日から1年を向かえ,ここに東日本大震災における被災当時の本校の状況と対応についてまとめましたので公開いたします。

被災当日から学校再開までの様子を時系列に記述しております。また,私たち教職員が,どのようなことに気を配りながら子供たちを支えてきたかについても述べています。被災地の小規模校の一例として読んでいただければ幸いです。

なお,本タイトルは,平成23年度の生徒会が,地域のいち早い復興を願い設定したテーマ”吹幸ふっこう(幸せの風を吹き起こそう)”をもとにしております。

1 被災前の学校の概要

本校は,被災当時生徒数32名(1年9名,2年17名,3年6名),教職員数13名の小規模校で,給食共同調理場(所長は校長,所長補佐は教頭が兼務,他調理員5名,事務員1名)が併設されている。

地理的には宮城県の最北東端に位置し,東は太平洋広田湾,西は北上山系稜線をもって気仙沼市鹿折地区と,南は唐桑半島部,北は岩手県高田市に隣接し,リアス式海岸特有の地形で自然に恵まれた風光明媚な地域である。

学区は北の県境から「大沢」「舘」「只越」の3地区からなり,学区の中央を国道45号線が南北に縦断,また,平成22年12月に三陸自動車道の一部として霧立トンネルが先行開通し重要な交通路となっている。世帯数は563戸,人口1,612人(H23.3.31)で,3世代同居の世帯が多く,家族の絆,地域の連帯が強く,みんなで子供たちを育てようという地域の教育力の高さが感じられる。

2 東日本大震災当日 被災直後の状況

時刻 状     況
14:46 宮城県沖を震源とするマグニチュード9.0の地震が発生,当地方は震度6弱の揺れが数分にわたって続き,立っているのがやっとの状況であった。卒業式前日のため3年生は午前授業で下校,1,2年生は式場や卒業生教室の装飾などを行っている時間帯に被災した。棚から収納物が落下,場所によっては,テレビや机が転倒する状況であった。また,防災関係機器の点検整備中に被災したため,緊急用の放送機器は使用不能,揺れはなかなか収まらないが校舎内は危険と判断,ハンドマイクや肉声で1次避難場所の校庭(海抜約70m)に避難するよう指示を出す。
15:15 校庭に避難し,小雪舞う寒い中で様子を見る。地域住民も学校に避難してきたが,余震が激しく体育館や校舎は危険と判断,避難場所を校庭と指示する。校庭から広田湾の海水が河のように沖に向かって流れる大きな引き潮を確認,大津波襲来を予測し生徒に津波の様子を見せないよう,また,山崩れやがけ崩れの心配がない校庭中央に移動を指示する。
15:20 津波第一波の襲来を避難者より聞き,また,余震がやや少なくなったのを確認後,体育館内の散乱物を整理し避難所を開設。職員には生徒管理と避難所運営補助に,生徒には避難所にてボランティア活動するよう指示する。
15:30 隣接する小学校に避難していた住民と小学校の職員も本校避難所に合流する。体育館への避難者約250名,校庭の車内に30名程度,食料,暖房器具や毛布等の備蓄もなく,停電と断水,低温,余震で危険な状態が続く。
16:30 生徒の体調を再確認し,体育館内での避難,待機継続を指示する。体育館のトイレだけでは不足,校舎内のトイレも開放する。
20:00 体育館では生徒や職員の健康安全を確保できないと判断,職員の車に全生徒を分乗させ校庭中央に移動,一晩暖をとり過ごすよう指示する。

3−1 地域の被害状況

地震による被害は,地滑りやき裂が特に盛土の部分に多く発生した。国道などでも路肩の崩れやき裂が多く発生,宅地でも被害が見られ全壊の家屋もあったが,住宅の多くは家財の転倒や落下などによる被害であった。

津波による被害は,学区内3地区中2地区(大沢地区,只越地区)で甚大であった。大沢地区は高台の家屋を除いてほぼ流失,壊滅状態となった。舘地区では海岸沿いの家屋が津波により流失するも比較的被害は少なかった。只越地区は国道45号線より海側の家屋が津波で流失,漁港の水門なども破壊され壊滅状態となった。
・大沢地区 16.4m(浸水高)
・舘 地区 16.4m(浸水高)
・只越地区 27.6m(遡上高)

津波による瓦礫や火災で交通が遮断された。車での移動は学区内の一部に限定され,停電,断水,電話も不通となり一時は陸の孤島となった。
・陸前高田方面…大沢地区の国道45号が瓦礫で遮断,気仙大橋等落下により通行不能
・唐桑半島方面…只越地区の道路が瓦礫で遮断し通行不能
・気仙沼中心部…鹿折地区の国道45号が瓦礫と火災にて遮断,緊急車両を除き通行不能

 

大沢地区1 大沢地区2

 

只越地区1 只越地区2

3−2 学校の被害状況

生徒や職員の被害

対  象 人的被害 住宅被害 備  考
生     徒 祖母を津波で亡くした 1 全壊 12  大規模半壊 1  
教  職  員 なし 全壊 3  大規模半壊 1  半壊 1  
調理場職員 なし 全壊 2  

 

校地・校舎等の被害

項 目 被 害 状 況
校 地 校庭地割れ小が多数 体育館東側地割れ及び陥没複数
校 舎 外壁き裂多数  内壁き裂多数  モルタル落下多数  天井板き裂・破損箇所多数
屋根がわら破損落下多数   窓枠,引き戸落下破損複数
体育館 軒天井落下(東側・南側)  天井照明破損  天井金物等落下多数
暖房設備故障  窓枠落下ガラス破損複数
設 備 下水設備沈下 下水管破断複数(調理場,家庭科室) ガス管破断複数(調理場,家庭科室)

 

壁の亀裂 体育館の軒天

 

職員室 図書室

 

家庭科室 音楽室

4 被災直後の対応と学校が果たした役割

被災直後から学校が再開するまでの対応について,月日順に時系列で以下に示す。

※備考欄の数値は 避難者数 宿泊職員数 休日出勤職員数

月 日 曜 記   事 ・ 対 応 等 ※ 備 考
3/11 金 大震災発生 280 9
3/12 土 早朝から車にて学区巡回,大沢,只越の両地区津波により被害甚大
交通遮断により他地区との往来不能を確認
・気仙沼方面は鹿折で遮断 (鹿折地区の火災,緊急車両を除く)
・陸前高田方面は大沢で遮断(国道45号が瓦礫で遮断,気仙大橋等落下)
・唐桑半島方面は只越で遮断(瓦礫と道路の陥没,流失等)
家庭訪問により情報収集,全生徒の安否を確認
250 8
3/13 日 市教委教育長来校,被害状況を口頭報告
3学年保護者の安否を確認,3/15に卒業式挙行を決定
校庭にSOS記述指示,自衛隊ヘリ飛来し状況確認
体育館に避難者用掲示板設置,学区内4か所に学校掲示板設置
外倉庫を遺体仮安置所として貸与
250 9 9
3/14 月 全職員(出張,年休者など)の安否を確認
米軍ヘリ物資搬入(通訳,運搬の手伝い)
遺体仮安置所閉鎖
避難所と校舎との区割りを掲示物などで明確に指示
250 7 7
3/15 火 卒業式挙行(多目的ホールにて)
市教委へ災害状況報告(1次)
200 7
3/16 水 共同調理場を避難所の調理場として開放(〜4/18)
米軍ヘリ物資搬入(通訳,運搬の手伝い)
200 7
3/17 木 市教委へ災害状況報告(2次)
米軍ヘリ物資搬入(通訳,運搬の手伝い)
200 7
3/18 金 他県医療団にランチルーム貸与(〜6/30)
自衛隊灯油搬入
米軍ヘリ物資搬入(通訳,運搬の手伝い)
200 5
3/19 土 市教委学校教育課長来校,被害状況を口頭報告
自衛隊ヘリ物資搬入(運搬手伝い)
200 3 5
3/20 日 200 4 4
3/21 月 自衛隊トラック物資搬入(運搬手伝い)
米軍ヘリ物資搬入(運搬手伝い)
200 5
3/22 火 部活動再開
小型発電機を避難所より借り入れPCの電源確保
自衛隊ヘリ物資搬入
200 3
3/23 水 200 3
3/24 木 修了式 200 3
3/25 金 転入職員事務引継 200 1
3/26 土 180 1 3
3/27 日 臨時管内中学校長会(各校の状況確認) 180 1 2
3/28 月 180 2
3/29 火 離任式 あいさつ回り(各避難所へ) 180 2
3/30 水 180 2
3/31 木 180 3
4/01 金 一斉赴任 あいさつ回り(各避難所へ) 180 0
4/02 土 180 0 2
4/03 日 180 0 3
4/04 月 大型発電機による電気復旧 トイレの水洗復活(中水道) 180 0
4/05 火 転入職員の披露,担任等の発表
市教委総務課長・副参事来校
180 0
4/06 水 180 0
4/07 木 唐桑教育センター長来校
電気復旧
通学路実地踏査
大規模余震発生(震度6弱,再停電)
180 1
4/08 金 余震被害調査
生徒による校舎内清掃
180 0
4/09 土 180 0 4
4/10 日 180 0 1
4/11 月 新入生の部活動参加許可 180 0
4/12 火 新入生家庭訪問 180 0
4/13 水 180 0
4/14 木 心のケア相談のため保健室貸与 180 0
4/15 金 心のケア相談のため保健室貸与 180 0
4/16 土 部分林組合総会のため多目的ホール貸与 180 0 2
4/17 日 法律相談のため保健室貸与 180 0 4
4/18 月 南三陸教育事務所長来校被害状況視察 一日入学 180 0
4/19 火 新年度準備 180 0
4/20 水 始業式準備 180 0
4/21 木 1学期始業式 180 0
4/22 金 入学式 授業参観 保護者会 180 0

5 学校再開に向けた取組

大変な状況の中で,学校が生徒にできる最善は何かを教職員とともに考え,早い授業再開を願いながら,次のように生徒を支えることとした。

・学区内危険箇所の把握,登下校の安全を確保
・下校時の安全確保の観点で放課後活動時間,下校時刻の見直し
・臨時休業中は図書室を学習室として開放
・部活動で生徒を支援(3/22)
・転入職員の披露,担任等の発表を休業中に実施(4/5)
・新入生の部活動への参加(4/11)
・副教材見直し,各種会計圧縮,経費の負担を例年の1/3程度に軽減
・授業参観及び保護者会を入学式当日に実施し震災対応について説明(参観日1日増)
・体育館のミーティングルームを避難所の学習室として小中高生に開放
・電気スタンドを早期に確保し避難所の学習室に設置
・学校教育活動に避難住民を積極的に活用(部活動指導,合同避難訓練など)
・外部からの支援を積極的に活用(県外スクールカウンセラー,各種イベントなど)
・ホームページを新設,学校の様子や生徒の活躍,支援の御礼などの情報を積極的に発信
・放射線量の測定(校地,校舎)と公開
・2Fベランダの高圧洗浄

6 学校と地域との連携

被災当日から本校の体育館は避難所となり,教職員は200名前後の避難者に対応することとなった。支援物資が安定して供給されるまでの数日間は,学校のある舘地区の自治会が炊き出し等の支援を行ってくれた。また,避難者の大部分は大沢地区の住民であったため,避難所の事務局は,地区の自治会が中心となって組織され,当初から自治的な活動がなされていた。そのため,教職員の避難所関係の対応は,施設の管理や物品の貸与などの面での仕事が主であった。また,併設の共同調理場は上水道の断水,下水道の破断,ガス管破断などにより本来の用途に供することができず,簡易的な調理や飲料水の保管場所としてしか使用できなかったため,その機能が十分果たせなかった。

学校施設の震災関係での主な使用を,下表にまとめる。

これらのことから,学校としては本来行うべき教育活動の計画や準備,学校再開に向けた課題の克服,部活動や学習室の設置等による生徒への対応,生徒の避難所でのボランティア活動の奨励など,また,共同調理場としては,給食再開に向けた作業(施設設備の修理,準備や清掃,消毒など)に力を注ぐことが可能であった。

学校から避難所や仮設住宅,地域の方々などと積極的に連携を図る工夫として,プリントやポスター,ホームページなどを通じて学校の様子を紹介したり,学校行事や他の教育活動などに招待したりしている。また,授業のゲストティーチャーや部活動指導のお手伝いなどをお願いするなど,学校に対して積極的にかかわっていただけるよう工夫している。避難所や仮設住宅の方々は,周辺の清掃や除草,側溝掃除なども行ってくださるなど,学校に対して大変協力的である。自分たちの学校,地域の学校という意識が高く,本地区の素晴らしい特徴ではと感心している。

表 学校施設の震災関係での使用

解放施設 使用目的 期 間 等
体育館 避難所 3/11〜8/05
体育館 高台移転会議 月に1回程度
調理場 飲料水保管場所 簡易調理場 3/16〜4/18
技術室 物品保管場所 3/16〜4/18
ランチルーム 臨時診療所 3/18〜6/30
保健室 心のケア相談 4/14〜4/15
保健室 法律相談 4/17
多目的ホール 部分林組合 4/16
外倉庫 遺体仮安置所 3/13 3/14
外倉庫 倉庫 3/16〜8/05
校 庭 仮設住宅 8/05〜

7 課題と展望

本校は海抜約70mの高台に位置していたため,学校は津波による直接の被災は免れたが,学区は広田湾に面しており,今後は通学途中や地域での被災なども十分に考慮した防災教育が必要と考える。また,今回の経験をもとに中学生が避難時の声がけや誘導などにも積極的に携わり,地域の一員としての役割を担うことができるよう防災意識だけでなく郷土や地域を愛する心,人の絆や感謝の心なども育んでいきたいと考える。

仮設住宅 避難訓練

現在は,小・中学校とも校庭に仮設住宅が建ち,屋外での運動に制約を受けている。国道を挟んだ旧校舎跡地のグランドを使えるよう整備していただいたが,子供たちの体力・運動能力の低下が心配される。また,家屋の損壊,保護者の失職等により家計が苦しい家庭が増加,0%であった就学援助生徒数が46.2%となり,当分この状況が続くものと思われる。

運動会 感謝

しかしながら,このような状況ゆえにできる教育,このような状況だからこそ効果的に指導できることもあるのではと考えている。各種支援を積極的に活用,また,地域との連携・協力を手立てとし,生徒の学力を向上させ,心を耕し,志の高い小原木ブランドの生徒を育成すべく教職員一丸となって努力していきたい。



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